ダッシュ隊大阪

宮城県石巻 災害復興ボランティア”ダッシュ隊大阪”活動日記

石巻ダッシュから約2ヶ月目になりますが、一人でも多くの人に被災地の状況を知ってもらいたい、復興の手伝いをして欲しいとの気持ちから6月2週目にボランティアバスを出す事にしました。
出発間直の1週間前にグループ参加申込者の方からキャンセルの連絡が入りました。
丁度、この日がバス会社への最終連絡日であったので、断腸の思いでバス運行の延期を決定しました。

しかし、一部の参加者申込者の方は遠く九州からの方々もいらっしゃいました。
叉、この日程でしか行けない、会社に休暇願いを出したと言う方も・・・・・
よし! それならば私はバスを出せなくても行くつもりだったのでレンタカーで行きますが・・・・と連絡し、スタッフを含めて8名で行く事にしました。

レンタカーは1BOXの10人乗りキャラバンを調達しました。
8名なのにどうして10人乗り?
被災地へ持ってゆく支援物資と各人の荷物が大きいとの思いからです。  正解でした。

7月1日

マグネットプレートを準備し7/1にJR吹田駅北口に集合。
初めてお会いするメンバーですが、直ぐに解りました。

今回の参加者は以下の通りです。
前回一緒に参加し今回の協力者 なっち
大阪からの参加の公務員 もやし
神戸で震災に遭った チーちゃん
大阪から数度目のボランティア いくちゃん
熊本からの参加の青年団員  もりもり
佐賀からの参加 いもっち
福岡からの参加のスポーツトレーナー ハマちゃん
運転手兼手配氏 トッピー

19時30分に全員揃ったので石巻へ出発です。
集合場所に地元吹田市の高齢者の方々が作って頂いた雑巾100枚を受け取りました。
(自分達は何も出来ないから、被災地で使って欲しいとの事)
支援物資として確実にお渡しします。

他の支援物資はハエ取りリボン600本、殺虫剤、防虫剤・マスクです。

高速道路の救援車輌の申請が行政の都合で出なかったので、ETCの夜間割引を使用します。
ルートは現地へ8時まで着きたいので石巻まで高速道路一本で走る事にしました。
名神 ⇒ 北陸道 ⇒ 磐越道 ⇒ 東北道 ⇒ 三陸道 (約950㎞ 約12時間と予想)
途中のSAで休憩と給油をして予定通り7/2の7時30分 登米市 の め組JAPANのベース着。

7月2日

今回の現地活動は、事前にめ組JAPANから石巻市内の側溝の泥出しと連絡を受けています。
到着後、朝食と昼食を近所のコンビニへ買出しをして、出発準備です。

 

8時30分石巻市吉野町3丁目へ向けて出発です。
が、車の前輪がパンクしてるぞ。 修理しなくては・・・・。
何とかだましだまし運転して現地到着です。
吉野町3丁目は前回の活動した県営住宅の近くでした。
道路横の瓦礫は片付き、車も片付いていました。
丁度拠点の側にGSが営業していたので、パンク修理とガソリン補給をお願いして車を預けました

地元の町内会の皆さんと側溝の泥だしをしました。(カメラを車に置いたままなので写真なし)
半分死んでいたトッピーには写真そのものの思考力なし・・・

広範囲に町内の側溝を綺麗にしました。
暑かった・寝不足も加わってやや熱中症気味・・・・・・  影でちょっと休憩。
昼食時にはイエバエの集中攻撃を受けましたが、パンにしていた私は大丈夫でした。
もやしはコンビニ弁当なので食べれない様子です。

この側溝掃除は、石巻災害復興支援協議会から各NPOへ依頼されたものです。
従って、相当数のボランティアが各所で側溝のヘドロと格闘しています。
16時まで作業をし、帰りは道の駅上品の郷にて入浴です。
なにせ、汗とヘドロを流さなくては・・・・・  休日でも平日料金でした。 500円
ボランティアが多くやはり洗い場では順番待ちでした。

ベースに戻る前にコンビニに寄って、ビールを購入しました。
今回の宿泊はめ組ん家です。 夕食前にちょっと喉を潤しました。

お風呂に入ってベース前での一時

夕食前にはシェアリングがあり、我々も紹介されました。
石川からのチームは明日の気仙沼での餅つきのリハーサル中です。
大阪からはロックグループ”おかん”が来ていました。

夕食はめ組ん家にて皆さん一緒に美味しくいただきました。
夜には”おかん”がミニコンサート実施してましたが、私は寝不足解消の為テントで先に就寝。

7月3日

早く寝たおかげで体調は戻りました。
5時に起床。 め組ん家で寝たメンバーも早く起きてました。  素晴らしい。
違いました・・・・・・  ハエが5時前から活動していたので寝てれなかったのです。

今日も側溝祭りだ  ワッショイ!
石川チームでパンとコーヒーをいただきました。
この石川チームは気仙沼の3箇所で炊き出し・餅つき・足湯実施との事です。
石川から温泉を運んで着ています。 トラックと乗用車で10時間掛ったとの事。

石川チームは朝食中です。

朝のミーティングで気合を入れていざ出発です。

  

  

昨日ミニにコンサートをした”おかん”と活動へ出発前に記念写真です。

今日の作業場所は水明地区です。
集会所に集合したのですが・・・・・・・ トラブってます。
この地域の担当責任者が消えてしまったのです。
大型バスが3台・マイクロバス3台も到着してますが・・・・
大勢のボランティアが集結しているのですが、作業の指示が出ないので、皆さんウロウロ。
め組のマッスルチームが臨時で皆さんに指示を実施。
遅れ遅れで10時に泥だし現地へ向かいました。
公園横の側溝掃除を開始。
  

  

側溝のコンクリートの蓋を開ける工具のサイズが合わないので、全て手作業にて蓋明けです。
皆な溝の中に入ってヘドロを土嚢に詰めて行きます。
何と、ここには蟹・魚の死骸が多かった事か・・・・?

12時に完了!
昼食は旧北上川の堤防の上で・・・・  今日はハエが居ません。
13時まで休憩です。
ちょっとのんびりとしばし休息です。

  

昼からは蛇田地区に移動です。
この地域は海からも川からもかなり離れています。
こんなところで何故・・・・ ?

自治会の方に聞くと、地震後の津波警報発令後も自分達の地域には関係ないと思っていたとの事です。
ところが、下水、側溝から津波によって水が逆流してきた為に、床上浸水となってしまった。
想像も出来なかったと嘆いておられました。

下水への側溝を100㍍に渡り泥だし、清掃、消毒まで完了。
15時過ぎに完了!
我々はその後、避難所の湊小学校へ支援物資を届ける為に移動しました。
約15分程で湊小学校に到着し、事前に連絡していた支援物資をお届けいたしました。

支援物資のご協力いただきました皆さん有難う御座いました。
(たまさん、のぶさん、なっち、たんちゃん、じゅんさん、高齢者の皆さん等々)
  
ハエ取りリボン等の支援物資を被災者の方々の避難所である湊小学校に引渡しするメンバー。

その後、湊小学校でハエ取りペットボトルの作成を見せていただきました。
これは効果は大変良いとの事です。
ハエは発酵系の臭いが好きなんです。

「材料(2リットルペットボトルの場合)」酢100ミリリットル・日本酒70ミリリットル・砂糖50グラム

これを混ぜてフタの空いたペットボトルに入れてハエの集まる壁際に置いたり、木の周りにつるすと、酢や酒の甘酸っぱい臭いにつられてハエが穴から入り、出られなくなる仕組みです。

 

湊小学校で5/3のひまわりのプランターを発見しました。
石巻ダッシュ隊の名前がしっかりと残っていました。

    

5/3に種まきしたひまわりの確認に湊小学校から県営住宅へ移動しました。

  

しっかりと育っていました。
きっともう咲いているのではないでしょうか?

今回始めてのメンバーの為に、石巻漁港を視察してきましたが。
なんじゃ、まだまだ片付いてないですわ。
メディアでは瓦礫は無くなり復興の兆しが見えていると言ってますが、現実は違います。
この風景を見て、皆さんはどう思われますか・・・・・・・?
石巻漁港から門脇町近辺です。

  

  

  

 

 

 

  

片付いているんだろうか?
帰りは昨日と同様に道の駅にて入浴しめ組ん家に戻りました。
夕食は鉄板焼きそば(ソース味・塩味・しょうゆ味)と鮭の味噌漬け焼きでした。
夕食後はシェリングにて明朝帰る事を告げ、テントにてダッシュ隊大阪メンバーでのミーティングを行ないました。(小宴会です) 参加者の皆さんの感想を聞き、このツアーをして良かったと感じました。
又、め組の心太郎がここに来たお話も聞き感心。

7月4日

AM5:30から荷物の積み込みを開始し、お世話になっため組のマッスルチーム他皆さんに見送られて大阪へ出発です。 皆で撮影した写真は誰が写したのか不明・・・写真が無いよ!!
スタッフとして活躍していた”みいーや”が大阪まで乗せて帰って欲しいとの事で帰りは9名です。
昨夜の皆なの意見で、出発を1時間早くして6時出発にしたのは被害の大きかった東松島を見て帰る事にしたからです。
東松島は津波の影響が大きく、町そのものが消えていました。
その酷さに写真を撮る事を忘れてしまいました。
電車のホームは残ってはいるものの、レールは見当たりません。(何か廃墟の感じです)
その後、日本三景の松島を経由し途中から土砂降りの高速をひた走り大阪へ戻りました。

新大阪着 19時  解散です。

追記:松島の観光船乗り場は20センチの地盤沈下で乗り場は海面とほぼ同じでした。
  
日本三景の松島観光船乗り場にて

Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

2011.07.14更新